ヘルンヴァイン (以下、H)— 私の活動には、いつも新たな発展があり、つねに変化が起こっています。私は、さまざまなメディアに関心があるのです。絵画の、コンピュータの可能性とは何なのかと問いかけ、それらを重層的に組み合わせるのです。また、私は同時にいくつかの作品を作ります。つねに入れ替わること、変化することを好んでいるからです。
ここ10年では、主題の変化はありました。これは大きな変化だと思います。主題が変化すると、人々には極端な変更や変化があったように見えるでしょうから。しかし私は、いつも同じ意図を持っていると言わざるを得ません。この同じ意図を追求するために、いつも異なったメディアを用いていたわけです。それはつねに表面下に潜む何かへと至るため、それ自体何であるかが分かっていない何かを求めて、より深く入り込むことなのです。そして私の作品において重要なことは、少なくともしばし人々を困惑させ、不確かにさせること。人々が確かだと思っていることを打ち壊すことなのです。
最近の作品のひとつに、《ファイア》という暗い絵画シリーズがあります。それはあたかもひとつのインスタレーションのように60枚の絵画が続くものですが、その画面はとても暗いために、何が描いてあるのかほとんど見ることができません。たくさんのライトを当てて時間をかけて見たなら、何らかの画像を見ることができるかもしれません。でも、実際には何も見えないと思います。つまり、私は不可視なものへと向かう一連の作品を描いたわけです。このシリーズで描かれているのは、マルコムXからマルセル・デュシャンまで全て反逆的な人物たちです。ジム・モリソンやシド・ヴィシャスもいます。これらはみな神話的な英雄たちで、その人だと認知されることでより偉大さを増すことになります。でも、この会場に入って来ても何も見えません。ここにあるものはただの絵画作品、観念的な、コンセプチュアルな、ミニマルな作品としか見えません。でも、見始めるとまったく違ったものが見えてきます。見方を変えると何かイメージが浮かび上がってくる、何かが見え始めるのです。私は、ときには人々に極端にアクチュアルなものを見せたいと思っているのです。作品のいくつかは、アクチュアルであり過ぎるほどかも知れません。人は、それがそんなにアクチャリティを帯びたものだとは思いたくないでしょう。だから、次の作品に目を移しますが、その画面は暗いだけです。何も見えません。再び見方を完全に変えなくてはなりません。私は、人々が習慣的にものを見ているその見方を攻撃したいのです。