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June 30, 2019
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人外(にんがい)…松浦寿輝著 講談社 
Hisaki Matsuura

 評・宮下志朗 仏文学者・放送大客員教授

 魔都上海を舞台にした大長編『名誉と恍惚こうこつ』では活劇の趣で驚かせた作者が、本来の小説空間に立ち戻って書いた一篇いっぺん

 アラカシの巨木からにじみ出るように地上に落ちた「わたしたち」は、意識が胚胎すると、なにやら四足獣のごとき形の「わたし」という「人外にんがい」になっている。作者ならではの不可解な始まり。「人外」は、「さびしさ」ゆえに「かれ」を探して橋の向こうをめざす。「かれ」とはだれか? 対岸には人間の世界があるけれど、人界じんかいは災害で廃墟はいきょのごときものと化して、にぎやかさとは無縁だ。カジノ、図書館の跡地、病院、遊園地と、「さびしい」風景を次々と巡る「人外」の彷徨ほうこうが緩やかに流れるように語られる。死体だらけの列車に乗る偽哲学者、「ひとでなしの顔」をしたルーレットをまわす男、「ふたつの道を両方とも旅するわけにはいかない」と米国詩人フロストの作品を口ずさむ女司書、今はボイラーの保守をする病院長、遊園地のゴンドラぎなど、不思議な人間と出会ううちに、「さびしさ」も快くなる「人外」。やがて終わりの時が来ると、「かれ」はもはや「人外」のなかにいる。「不在それじたいがかれ」で、その「かれ」が「わたしたちに同化」すれば、「かれ」となった「わたしたち」は「とろりと溶けて」、「無」だけが残ったのだ。存在と意識のずれに由来する不可能な探索の軌跡か、はたまた集合的記憶の遡行そこうの隠喩なのか。これはある種の哲学小説であって、問いは開かれている。

 読後、奇妙な現実感を帯びた細部は霧散して、まるで不思議な幻灯を見たような眩暈めまいにおそわれた。作者ならではの文体の魔術に酔ったが、その表現には、初期詩集『ウサギのダンス』を想起させるところもある。カフカの『巣穴』を思い出したのは、「人外」が巣穴を作ったからだが、カジノの場面ではひそかに仏国詩人マラルメの詩がはさまれていて、他にもこうした仕掛けがありそうだ。じっくりと読み解くべき問題作。

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